儚いものは美しい。人・もの・全ては散りゆく美しさを認めるべきってこと

沖縄の首里城のニュースから、再建するというニュースが続いていますが、現在の日本では失われてしまったものは一日でも速く「復興するべき」だとか「再建するべき」だという考えが根強くあります。

要は形に見えるものが誇りであり、何かしらの遺産は目に見えるものだと。

復興・復縁・復活・やり直し・再チャレンジ…。

私は、基本的に一度切れた縁はもとに戻らない。もとに戻す必要も、再建する必要もないって考えています。なぜなら、全ては儚いからこそ美しいものだから。

具体的にご紹介したいと思います!

風化した建物や廃墟などと自然とのマッチが美しい

私は、特に廃墟好きというわけではありませんが、不思議な魅力あふれる廃墟の世界が人気だということはご存知でしょうか?

荒れ果てた建物の姿や、何かの跡地。

それらを見て、人々は、もう戻ることのない当時の賑わいや活気を想像するのです。

当時の隆盛を再現した、そんな建物を眺めるよりも風化してしまった、すでに失くなってしまったものにロマンと哀愁を感じながら見る廃墟や跡地への旅。

こういった旅に虜になる人、続出していることをご存知でしょうか?

もともと、全ての建物は、時代とともに荒廃が進む一方で、いつまでその姿を目にできるか分かりません。

失われた町を求めて想像を巡らせるのもまた粋ではないかと私は思います。

首里城は再建すべきなのか?

今回焼失した首里城正殿を含む建造物は、戦後再建されたもので、いわゆる文化財ではありません。

首里城正殿は元々、いわゆる消失された正殿を元々、再建させたもの。数百年後に文化財となる可能性は充分あるクォリティーはありましたし、もちろん、首里城内に展示収蔵されていた歴史的資料の焼失については、大変残念です。

すでに、与野党の政治家や県知事、市長などから、補正予算など、国費による早急な再建を求める動きが出ていますが、これらは、日本国民全体の税金であることはご存知でしょうか。

日本国内では、保存修復を要する様々な文化財は他に多数あるわけです。

首里城再建の話を進める前に、先に議論すべきことがあると思うわけです。

木造建造物を管理運営するノウハウは持っていたのか一から見直すべき

多額の国費をかけ再建した巨大木造建造物を管理運営するノウハウをそもそも、私達は有していたのでしょうか。

なぜ火災リスクのある施設での貴重な歴史資料の展示収蔵を容認していたのか、防災対策についても、認識が甘く、また同じ轍を踏む可能性も。

無理に再建するよりも、責任や文化財の防災対策について詰めてから再建を考えるべきなのでしょうか。

人も物も建物も儚いからこそ美しい

それらの問題もそうですが…。

基本的な私の思想をお話したいと思います。

私は、物も、人も、私は「儚さ」が良いと思っています。

儚さが、良いというよりは、儚いものなのです。

今は、安易にすぐにやり直しがきくとおもって、何でもやり直せばいいって思っちゃう。

でも、私は、そこに美学を感じません。

人も物も、いつかは壊れます。物もそうですが、人との関係性も「一度壊れてしまえば、修正が効かないもの」と思っていたほうが潔い。

咲き誇っているうち、美しいうちには、それらが壊れる事を想像するのが難しいです。

だから、安易に手放したり、このぐらい大丈夫だろう、と大切にしたりしようとしない。

いつでもいるもの、いつでもあるもの、だと認識してしまい、そこに安心してしまう。

これが実はダメ。

今いるものは、宝物。今存在しているものは宝物。

失わないように油断してはいけないんです。

首里城の跡地もそうですが、日本にあるような、全ての廃墟は、そんな人間達に、万物の儚さを教えてくれている気がします。

跡地であろうと、自然の美しさは変わらない

たとえば、建物の廃墟には沢山の記憶が閉じこめられていると感じます。

廃墟の中では、時は止まっているかのように、静かに流れます。

遺跡などもそうですが、外界とは全く違う時の流れ、むせかえるような人々の記憶というのは感じられるものです。

それらを包み込む廃墟は、大きなタイムカプセルにも見えると思います。

壁や床が朽ちて崩れかけていても、壊れてしまった跡地でも、雑草が好き放題に伸びていても、それらの廃墟は、どこか美しいと感じます。

また、新しい花が咲いたりします。それを見に、観光客が集まってくるでしょう。

これらは、次世代に伝えていっても良い教えを与えられるのではないでしょうか。

一日でも早く、再建をしよう、元通りに戻そう、そう考えて、もとに戻そうとする行為って必ずしも正しいとは言えないと思います。

形あるものは、簡単に壊れてしまうんだよっていう教訓になります。

次世代にそういった教えを伝えることも大切なのではないでしょうか。

まとめ

人もものも、建物も、自然とともに移り変わります。

ちょっとしたことで、壊れてしまうからこそ、日々あることに感謝しなければならない。

美しく、儚いということで、再建しなくても、首里城跡地、で良いのではないでしょうか。

壊れゆくものは美しい…。そしてそこから反省をしたり、あの時代を振り返って思い出に浸るのはダメなのか。

また、再建をして同じ轍を踏み、失ってしまうよりは、跡地のままで、人が観光に静かに訪れる…そんなのもありだって私の場合は思ったりします。

すべてのものは儚いからこそ、存在に感謝して一瞬一瞬を大切にする。それがとっても大事ですよね!